架け橋大賞記録集
【第1回 CL(Clinic)部門賞】 三井記念病院
当院における『治療と仕事の両立支援セミナー』とがん対策推進基本計画
三井記念病院 がん相談支援センター
認定社会福祉士(医療分野)
尾方欣也
当院がん相談支援センターでは、2013年より社会保険労務士とともにがん患者の就労に関する課題に取り組んできた。2016年には第1回架け橋大賞Clinic部門賞という評価をいただき、その後現在に至っている。本稿では、当院における就労の課題を有する患者支援(以下、就労支援)とがん対策推進基本計画について述べ、就労支援を取り巻く社会の変化について考察したい。
1.就労支援への取り組みの背景
当院の前身である「泉橋慈善病院」には、病人相談所が設置され(1920年/大正8年)、当時の活動記録によると、「外来患者の煩悶の解決」や「病気が回復したあとの就職口の紹介・斡旋」などを行っていた。約100年前から罹患による失職を課題としていたことがわかり、就労に関する課題の難しさは当時から存在していたと想像に難くない。(病人相談所の相談事業は、わが国の医療ソーシャルワークの初発と言われている。)
現代に目を向けると、2012年に策定された第2次がん診療推進基本計画に、重点課題として「働く世代や小児へのがん対策の充実」が掲げられ、「がん患者の就労を含めた社会的な問題」に取り組むことが求められた。そこで当院では就労の課題に精通した社会保険労務士と協働し、就労支援体制を構築することになった。
2.当院における就労支援体制
医療機関における就労支援の一環として、当院は2013年特定社会保険労務士近藤明美氏と顧問契約を締結し、就労支援体制の充実を図ってきた。(表1)
表1.社会保険労使との協働事業
取り組み項目 | 内容 |
---|---|
就労の課題に関する個別相談会 | 隔月1回土曜午前 1回3件 |
相談ケースに関する 随時コンサルテーション | メールや電話にて随時相談 |
就労支援に関する情報提供 | 最新の情報提供 |
スタッフの啓発 | 院内勉強会 |
治療と仕事の両立支援セミナー講演 | 毎年度1回実施 |
3.治療と仕事の両立支援セミナー
前述した事業のうち、治療と仕事の両立支援セミナーは毎年1回、対象を医療関係者に限らず広く市民とし、当院講堂にて開催している。開催にあたり、広報や運営とともに重視しているのは、そのテーマ設定である。当院がん相談支援センターの社会福祉士とがん看護専門看護師が、顧問社会保険労務士とテーマ設定について議論するのだが、市民が関心を寄せられるものであることはさることながら、前年のテーマからの展開や就労個別相談会の相談内容傾向、さらにがん対策、すなわちがん対策推進基本計画との関連も意識しながらテーマ設定を行っている。(表2)
表2.治療と仕事の両立支援セミナーとがん対策基本計画
年 | テーマ(他) | 講師・パネリスト | がん対策推進基本計画他 |
---|---|---|---|
2007 | 第1期がん対策推進基本計画 〇がん医療に関する相談支援及び情報提供 | ||
2012 | 第2期がん対策推進基本計画 〇働く世代や小児へのがん対策の充実_就労に関する問題への対応 | ||
2013 | (社会保険労務士と顧問契約) (就労の課題に関する個別相談会開始) | ||
2014 | 第1回 病気になっても働きたい | 特定社会保険労務士 近藤明美氏 | |
2015 | 第2回 がんとともに働くということ~職場の誰かががんになったら~ | 特定社会保険労務士 近藤明美氏 | |
がん対策加速化プラン 〇がんとの共生_就労支援 | |||
2016 | (BCC第1回架け橋大賞Clinic部門賞) | ||
第3回 治療をしながら働くために~何ができるか、いろいろな立場で考えましょう~ | 会社経営者 従業員支援担当者 | ||
2017 | 第3期がん対策推進基本計画 〇がん患者等の就労を含めた社会的な問題(サバイバーシップ支援)_就労支援について 〇小児がん、AYA世代のがん及び高齢者のがん対策 | ||
第4回 就業規則をチェックしてみよう~知って役立つポイント~ | 特定社会保険労務士 近藤明美氏 | ||
2018 | 第5回 ファイナンシャルプランナーに聞く!~治療と仕事とお金のはなし~ | ファイナンシャルプランナー | 『療養・両立支援指導料』創設 (診療報酬改定時) |
2019 | 第6回 がん患者さんに聞く!~治療と仕事と両立のはなし~ | がんサバイバー | |
2020 | 第7回 がんになってからの生き方 ~AYA世代の声~ | がんサバイバー (AYA世代) |
2012年第2期がん対策推進基本計画では、「がんになっても安心して暮らせる社会の構築」を<全体目標>に据えている。その上で、「がん患者とその家族は、社会とのつながりを失うことに対する不安や仕事と治療の両立が難しいなど社会的苦痛も抱えている」ために、<分野別施策と個別目標>として「働くことが可能かつ働く意欲のあるがん患者が働けるよう、医療従事者、産業医、事業者等との情報共有や連携の下、プライバシー保護にも配慮しつつ、治療と職業生活の両立を支援するための仕組みについて検討し、検討結果に基づき試行的取組を実施する。」としている。
この第2期がん対策推進基本計画を受け、医療機関における相談支援体制構築の一環として、がん患者の就労の課題に精通した社会保険労務士も当院にて相談支援を行うに至ったのである。そして当院のがん患者のみならず、医師や看護師への啓発活動と並行して、対象者を市民に拡げるために企画した第1回治療と仕事の両立支援セミナー(2014年,当時は『市民公開講座』として開催、以下セミナー)のテーマを、『病気になっても働きたい』とし、特定社会保険労務士近藤明美氏による講演を行うことにした。がん患者が治療と仕事を両立するためには、職場に何をどのように伝えればよいのかを講演したのだが、参加者アンケートには、「労働者としての権利主張の仕方についての講演だと思っていたが、たたかうための手段ではなく『伝える力』が大切だとわかった」など、がんに罹患した労働者が工夫をしながら働くというヒントを提示できたと考えている。
第2回セミナー『がんとともに働くということ~職場の誰かががんになったら~』(2015年)では、意図的に参加対象者を人事担当者に拡げた。それは、治療と仕事を両立するためには、労働者が工夫をするだけでは不十分であり、職場ががんやその治療について理解し、なんらかの配慮をすることが望ましいことを、人事担当者に直接訴えることを開催目的としたからである。参加者アンケートには「伝えた時に伝えられた側の配慮、支援が整っていれば、どちらの立場にとっても働きやすい環境になるのではないかと思えた」と職場が配慮することにより、働きやすい環境を作り上げられるという可能性があることに気付くセミナーとなった。
第3回セミナーは、パネルディスカッション形式にて、会社経営者と従業員支援担当者をパネリストとして招き、『治療をしながら働くために~何ができるか、いろいろな立場で考えましょう~』(2016年)と題し開催した。実際に行われている従業員支援体制や制度が披露され、さらにがん患者でもある従業員からの「職場の配慮により就業できた」というコメントは、セミナー参加者の胸に迫るものがあった。参加者アンケートでは、「就労の継続を支援している企業もあると分かったことは収穫でした」「職場と働く人がどのようなやり取りをして働ける形を作っていくためのヒントになりました」など、職場における従業員との適切なコミュニケーションと配慮が就労継続につながるという先駆的な取り組みを知ることができた。
第2回セミナーを開催した2015年のがん対策加速化プラン、そして2017年の第3期がん対策推進基本計画では、がんと共生するためには一層の就労支援が必要であることと、AYA世代のがんに焦点が当てられた。さらに2018年の診療報酬改定時に『療養・両立支援指導料』が創設されている。当院のがん相談における就労支援にてがん患者さんが直面している仕事の課題に、がん対策推進基本計画及び診療報酬が呼応していることが感じられる。
治療と仕事の両立支援セミナーの話に戻す。各セミナーにて「がんになっても働ける」「職場の誰かががんになっても配慮があれば働ける」「がんになっても働けるようサポートする企業が存在する」とメゾレベルにおける両立支援を取り上げてきたが、ミクロレベルに焦点を当てることにした。つまり、制度が始まり、先駆的な取り組みをする企業が現れ、次に労働者自身が自社の労働環境を正確に把握する必要があると考え、第4回セミナーでは『就業規則をチェックしてみよう~知って役立つポイント~』(2017年)と題し、再度特定社会保険労務士近藤明美氏に講演を依頼し、多くの労働者が精読しない就業規則をどのように読み、理解するのかを学ぶ機会とした。参加者からは「就業規則の文言はわかりにくいこともあるが、見るポイントがわかった気がします」など、各自ががん罹患時を思い浮かべながら、手元にある就業規則に照らし合わせることができたと思われる。
そして第5回セミナーは『ファイナンシャルプランナーに聞く!治療と仕事とお金のはなし』(2018年)と題し、看護師資格を持つファイナンシャルプランナーを招き、がん患者の家計管理について考えるセミナーとした。先回までは、がんという疾患そのものや治療、副作用、両立するための職場環境を考えてきたが、私たち市民が生活していくためには長期的な視野に立った経済的課題、すなわち家計についても考慮する必要性があると判断したのである。家計における固定費の見直しが説かれたのだが、参加者からは「医療がどれだけ発展しても患者さんの経済力に応じてアクセスできるかどうか」と、治療と仕事を長期間にわたり両立するためには、それを実行できる家計を備えることの重要性を知らしめることができたとのではないだろうか。
両立支援セミナーを開催し始めてから5年が経過し、周囲を見渡すと、がんサバイバーの方が様々な媒体で自身の体験を発信するようになってきとぃた。当院でも医療や制度を受け取る側、がんサバイバーの方の生の声を聞きたいという意見がでるようになり、第6回両立支援セミナーでは『がん患者に聞く!治療と仕事の両立のはなし』(2019年)をテーマに、がんサバイバーの方が職場とどのように話し、工夫し、仕事を続けていったのかを聞く場としたのである。参加者からは「待つのではなく自分で動くことで周りも動かせるのだと思いました」「大変な経過の中でも社会に貢献したいという気持ちが会社に伝わるのだとわかりました」などの感想が聞かれ、先例を知ることで勇気づけられたサバイバーがそれぞれの職場にて両立を目指せるのではないかと、期待を抱かせるセミナーとなった。
そして2020年度に行う第7回セミナーは、コロナ禍のため動画配信という形態をとり、AYA世代の声を聞く機会を予定している。学業や就職という場面でどのようにしてこられたのか実際のお話を伺い、必要なサポートのみならず、どのような社会を目指すべきかを考えるセミナーにしたい。
3.就労支援における課題と考察
前述の通り7年にわたって『治療と仕事の両立支援セミナー』を開催してきたが、改めて治療と両立の課題について私見を述べたい。
当初はがん患者さんや職場が、治療と仕事は両立できることへの気づきを得て、制度利用することで、就労の課題は解決可能であると少なからず考えていた。しかし、そのような気づきや制度だけでは不十分であり、がんサバイバー自身が適切な情報をもとに行っていく自己実現への伴走者が求められているのではないかと考えている。その伴走者となるのは医療職、福祉職、労務関連職など単一の職種や機関ではなく、ネットワーク機能である。就労に関わる課題は複雑で多岐にわたるために、多職種多機関がネットワーク機能を発揮しなければサポートしていくことは困難であると考える。
また、近年相談場面においてがん以外の疾患(以下、非がん)を有する患者さんからの相談が散見されるようになった。以前から対応している脳卒中や精神疾患に加えて、難病や糖尿病、肝疾患、心臓疾患など対象疾患は拡がっている。疾患や治療に伴う副作用などの身体状況や心理社会的状況下で仕事と治療を両立することは、非がん患者でも条件は同じではないだろうか。がんや非がん患者さんが最も初期に課題に直面ずる場、医療機関として、患者さんと職場、多職種多機関ネットワーク、そして社会をつなぐ“架け橋”という役割を、今後とも全うしていきたい。
【参考文献】
・社会福祉法人三井記念病院(2009)『三井記念病院 百年のあゆみ』
・厚生労働省がん対策推進基本計画
(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000183313.html,2020.10.11)