架け橋大賞記録集

【第3回 病院部門賞】 地方独立行政法人 長野市民病院

信州・善光寺(ぜんこうじ)(だいら)から発信する架け橋(ブリッジ)  ”病・職連携” の試み
~「BCCがん治療と職場の架け橋大賞」を授賞して~

地方独立行政法人 長野市民病院
がんセンター
両立支援スーパーバイザー、特定社会保険労務士
北原 啓祐

はじめに

長野市民病院は、2018年に栄えあるBCC第3回架け橋大賞「病院部門賞」を授賞いたしました。

審査員の方々から頂戴いたしました授賞理由は、次のとおりです。

  • 両立支援スーパーバイザー(小職)らが、企業向けの講座を開始後、更なる進化のために出前講座を実施するに至るというPDCAサイクルを廻している
  • 疾患の認知が困難な企業を啓発するのが、病院の任務であるという強い使命感
  • 診断から継続して仕事やお金のことを支援しているため、障害年金申請にも積極的

(BCCホームページより)

院外のご専門家の皆様から当院の取り組みが認められましたこと、大変光栄に存じます。まずは遠藤先生をはじめBCC関係各位の皆様に、あらためて感謝とお礼を申し上げます。

1.BCC第3回架け橋大賞 応募に至るまでの当院の取り組み

小職は、長野市民病院がんセンターで、全国的にも珍しい“病院常勤の社会保険労務士”として、医療ソーシャルワーカーや看護師と2012年度からがん患者さんへの治療と仕事の両立支援を始めました。がん患者さんに働きたいという意欲があっても、職場や病院から十分な理解と具体的かつ継続的な両立支援が受けられなければ、患者さんの生活の質は大きく低下してしまいます。そこで私どもは、患者さんの診断時から終末期までの病期・病態と、それぞれの社会的背景やご事情にあわせた広範な両立支援を提供しています。

ご承知のとおり、がん患者さんの就労に関しては、かねてより早期治療段階での離職が社会問題になっていました。2016年12月にがん対策基本法に重要な改正が行われましたが(事業主はがん患者さんの雇用継続等に配慮するよう努めなければならなくなりました)、健康なうちはがんは“他人ごと”です。しかし、ごく普通に社会生活を営んでこられた方が、ある日がんを突然告知されて「これまでの仕事ができる自信がない」「解雇されるかもしれない」といった社会的(ソーシャル)痛み(ペイン)に初めてさいなまれるのです。患者従業員さんの中には、職場にストレートに相談できず孤立感を深められる方もいらっしゃいます。

一方、事業主側も従業員の中に患者さんが現れて初めて戸惑いを覚えるようです。2018年当時、地元紙(信濃毎日新聞)が地元企業に対して行ったアンケート調査結果では、過半数が改正がん対策基本法に規定された前述の「事業主の雇用継続配慮義務」について“知らない”と回答しました。がんに対する基本的知識がないまま、具体的配慮内容の一切が事業主に委ねられたため、事業主と患者従業員の双方で途方にくれている様相が浮かび上がりました。

そこで、私どもは2018年度から地元企業の経営者や役員、総務人事責任者さんらに対して、がんについて病院と対話し、一緒に考えてみませんか?と積極的に呼びかけて様々ながん講座にご参加いただこうというアイディアに思い至りました。そして私どもはこの活動を「病(院)・職(場)連携(びょうしょくれんけい)」と名付けることにいたしました。

がんを学ぶことからはじめ、病院と企業、お互いに異なる立場から治療と仕事との両立の糸口を探る「病・職連携」の講座は、企業経営者、役員、総務人事責任者さんらから、「がん患者さんへの支援のヒントを病院スタッフと一緒に考えることができ大変有意義だった」「がんへの理解が深まった」「継続開催を希望したい」と好評価をいただきました。

まさにこの頃、私どもは順天堂大学BCC主催「架け橋大賞」という表彰制度がすでに3回目を迎えるということを遠藤先生から教えていただいたのですが、不遜ながら“病院と企業の架け橋(ブリッジ)を表彰する”とは、「もしかして私どものためにあるのでは?」との想い(妄想、錯覚)を抱き、とにかく応募してみようと決心したのでした。

2.当院の考える架け橋(ブリッジ)、「病・職連携」の理念と意義

病院の支援スタッフが企業に出向いて行く「出前講座」、逆に院内へ企業経営者の方をお迎えする「お出迎え講座」、年金事務所主催の総務人事担当者対象研修講座への手挙げなど、2019年度までに計200社余りの地元企業の方に両立支援を啓発する成果から、当院の「病・職連携」の試みはメディアに大きく取り上げられました。

私どもが考える架け橋、「病・職連携」の理念は、“病院と企業の直接対話を促すことでがん患者さんを治療と就労のいずれからもドロップアウトさせず、ひいては地域社会を幸せにしたい”ということに尽きます。そのためには企業経営者の方々にまず「がん」という疾病を学んでいただきます。次に職場にがん患者従業員さんの多様性(ダイバーシティ)・個別性を認めていただいて、その方と職場の双方にとって合理的(リーズナブル)な配慮を提供していただければ社会的(ソーシャル)苦痛(ペイン)は起こらない、と考えました。メンタルヘルスの予防対策を中心に取り組まれている企業は多い中、企業のがん対策はまだこれからの印象でした。

がん治療と仕事とは十分両立できる、と認識していただくことにも意義がありました。様々な治療法の進歩によりがん相対生存率が向上していますので、遠藤先生が独自のコホート研究で証明されていますとおり職場に両立支援制度があれば仕事と治療が両立できる可能性は高まります。

がん患者従業員さんの声を企業に伝えられるのはがん拠点病院しかない、ということを私ども(医療スタッフ)自身も再認識する意義もありました。当院に設置している「がん相談支援センター」は、患者さんに対してのみならず、企業の経営者や総務人事担当者・産業保健師さんら対しても開放(フリー)されて(アクセス)いることをさらにアピールして、中小企業が多い当地(信州・長野)の地域特性に合わせた支援策のヒントを当院から発信させていただいています。

3.“架け橋”に関して、ある企業の産業看護師さんから当院に戴いたご意見

ところで、病院と企業が患者従業員さんに両立支援をするにあたっては、お互いに留意しなければならないことがあります。特に、病院の支援者側が気をつけなければならないこととして、ある企業の産業看護師さんから貴重なご意見を頂戴したことが印象深く心に残っています。すなわち、「病院や主治医は、必要以上に患者さんに肩入れしたり、あるいは職場や企業を悪者扱いにして職場に“疾病(プレゼン)就業(ティー)()負担(ズム)”を押しつけないでください」という注文です。確かに、両立支援に関与する当事者(患者本人、主治医、企業、産業医)の利益は相反することがあります。そこでは相手方の事情を慎重に(おもんばか)らないと、図らずも無用のコンフリクトを生じさせてしまうことがあります。

そこで当院は、復職をご希望される患者さんを支援する際は、私どもが患者さんの療養前の職務内容を十分ヒアリングし、それを書面にまとめあげ主治医に委細を情報提供します(「療養前の仕事に関する情報提供書」。当院では患者さんに代わって私どもが責任を持って作成いたします。主治医就労可否意見書には「(私こと主治医○○は)患者の療養前の仕事内容を十分踏まえた上で、就労に関し上記のとおり診断し、意見を提出します」とデフォルトで明記しています)。

一方、企業側には、がん患者従業員の復職にあたり、主治医から医学的な情報を十分に収集して、それをもとに真摯に両立プランを検討する必要があるといえます。

 このように両立支援とは、病院とがん患者従業員と企業とがそれぞれの立場で慎重にお互いの利益について当事者間で合理的(リーズナブル)な配慮、すなわち“協調の折り合い=良い落としどころ”を決めていく過程といえます。

4.病院にスタッフとして常勤(常駐)する社会保険労務士の有用性

がん診療連携拠点病院への院外の開業社会保険労務士(社労士)の派遣については、行政が推奨する院外の社会的資源との連携・活用推進の一環で、最近ではごく当たり前のように全国の拠点病院で行われています。しかし、この派遣が本当に患者さんに有益な効果を生んでいるかは、検証が必要です。部外者である開業社労士が患者のプライバシーに立ち入ることについて、そもそも患者の理解や同意が得られないことがあったり、単発の相談会に患者さんの都合が合わず試みが不発に終わることも少なからずあります。このように現実問題として、病院と院外社労士との連携には、依然消化されていない様々な課題があると感じています。

小職は、当院でまず総務人事課に配属され、係長時代(今を遡ること21年前)に人事マンとしてのキャリア・アップを動機として独学で社労士資格を取得しました。まさか現在のように両立支援の領域で社労士が注目されるとは夢にも思いませんでしたが、現在、社労士資格と病院人事課の経験を活かして両立支援コーディネーター・スーパーバイザーの立場から患者さんの相談に対応しています。このことは、病院と患者さん双方に以下のメリットがあります。

第一に、小職はがん拠点病院のスタッフとして、「緩和ケア」の概念(両立支援、社会的(ソーシャル)苦痛(ペイン)の軽減は緩和ケアの一領域です)を意識して患者さんに対応いたします。近年の緩和ケアの理念は、患者さんのがん診断期から始まり、終末期に至るまで経時的・随伴的にケアすることです。具体的には、患者さんが休職されたり復職されるタイミングでは就業規則や労働契約に関する知見を活かした適切な助言を、再就職を求められる方には「職務経歴書」の書き方の指南や模擬面接の実施を、がん再発期や終末期で「障害年金の裁定請求」をご希望される患者さんには、「申立書」の草案作成から主治医へ診断書の作成依頼をというふうに、いかなるステージの患者さんにも適応が可能です。院内で完結させるこの長期かつ広範囲の社会的ケアは、患者さんの満足度が非常に高いようです。

当然ですが、小職は病院スタッフとして患者さんのカルテを参照し、自身が対応した記録はカルテに記載して主治医や看護師らとも情報共有します。このように、経時的に就労の継続を見守ることができる“スタッフ社労士”は、派遣社労士の“単発の相談会開催支援”と比べるまでもなく、治療と仕事の両立に大変大きな効果を生む可能性があります。

そこで私は、がん診療連携拠点病院のスタッフには、ぜひ社労士資格取得に挑戦していただきたいと思います。畑の異なる院外社労士の直接雇用は少々リスクが伴うかと思いますので、病院の人事課から有資格者を出して(できれば人事課長まで経験した上で)現場の相談員に配転させるのが最良と考えます。もっとも有資格者であっても、最終的には患者さんのために情熱を注げられるかどうかが肝になるでしょう(“熱く温かいハートが肝”です)。

5.授賞して2年経過、ウィズコロナ下でのこれからの両立支援

当院は2018年度から二年連続(全国6病院)で、厚労省から両立支援モデル事業に採択されました。2019年度には、西日本にある幾つかのがん拠点病院に出向き、病・職連携の“種まき”も試行しました。病院が企業に連携・協力を訴える当院独自の取り組みは、どこへ伺っても感嘆され、さっそく「病・職連携を実施してみよう」と意欲を燃やされた病院があったことは私どもの喜びでした。当院が各地のがん拠点病院へ啓発ができたことも、BCC架け橋大賞を授賞したことによる自信と誇りを戴いたことによる成果といえましょう。

ところが2020年度は、ご承知のとおり新型コロナウイルスの感染拡大によって、当院の活動は大幅な縮小を余儀なくされました。患者さんの中にも、休職中に体調がベストに戻り、主治医から本人の希望どおりに復職にGoサインが出て就労意欲が高まっていたにもかかわらず、会社側が過度にコロナウイルスへの感染に配慮したために(“がん患者さんは免疫が落ちているはずだから感染リスクが大きい”というエビデンスに乏しい根拠から)復職が叶わなくなった、という事例が出現いたしました。

このように復職を決定づける因子に“新型コロナウイルス”が登場してきたのは、想定外の事態でした。患者さんのみならず支援者にとっても受難の時代になりましたが、これからはますます当事者間で知恵を出し合う連携が重要になったといえます。

結びにかえて ~信州から全国の拠点病院へ拡がって欲しい、BCCとともに~

私どもは、病院と企業が手を携えながらがん患者さんの治療と仕事の両立のあり方を考えていく「信州・善光寺(ぜんこうじ)平発(だいらはつ)、病・職連携 長野市民病院モデル」が全国に拡がり、どこに住んでいてもがん患者さんが仕事と治療を両立されるようになれば嬉しく存じます。小職と当院に自信と誇り、そしてさらなる活動意欲を授けてくださった「BCC架け橋大賞」、全国唯一無二のこの素晴らしい表彰制度がますますの発展をみて、これからも全ての支援者に勇気を与え続けてくださるよう願います。小職も手探りしながら、また大勢の患者さんに教えていただきながら取り組んでおり、まだまだ未熟ですが、全国初・(自称)両立支援スーバーバイザーの名に恥じぬよう、使命感に燃えてこれからも頑張ってまいります。

最後に授賞の励ましをいただきましたBCC関係各位の皆様に、重ねて感謝とお礼を申し上げます。引き続き遠藤先生はじめ皆様から温かいご指導とご鞭撻を賜れれば幸いです。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

【長野市民病院の両立支援関連トピックス】 2018年度~2020年度上半期

2018/07/03 
厚労省から「両立支援モデル事業」に全国7病院の一つとして採択される

2018/11/25 
厚労科学研究班(遠藤班)主宰「第3回がん医療と職場の架け橋大賞 病院部門賞」を受賞

2018/12/13
当院の両立支援、病職連携への取り組みが、NHK全国ニュース「おはよう日本」で放映される

2018/12/19 
NHKラジオ第一にて、関東甲信越地区に放送、紹介される

2019/01/25
当院主催「がん公開講座」に遠藤先生をお招きして「がん治療と就労の両立支援について~日本初のがん患者就労実態追跡調査結果と産業医学の知見から~」の演題でご講義いただく

2019/02/15.22
長野南年金事務所主催セミナーにて病職連携の必要性を地元120社の総務担当者に講演

2019/05/30 
当院の取り組みを特別寄稿させていただいた「選択制がん罹患社員用就業規則フォーマット」(労働新聞社)を遠藤先生がご刊行される

2019/07/08 
厚労省から2年連続で両立支援モデル事業に採択される(全国16病院。2年連続は6病院)

2019/10/16 
まつもと市民芸術館で遠藤先生のご講演とともに当院の取り組みを紹介、両立啓発(長野県主催、公開講座)

2019/11/上旬
全国各地のがん拠点病院へ訪問、病・職連携の理念を種まき

2019/12/04
第3回「会社と病院で一緒に考えよう病職連携セミナー」を院内で開催

2020/01/29
長野市芸術館で当院の取り組みを紹介、両立啓発(厚労省長野労働局主催、公開講座)

2020/02/14
東部文化ホールで当院の取り組みを紹介、両立啓発(地元企業の人事総務担当者対象)

<2020年度はコロナ感染拡大防止のためほぼ全ての活動計画の停止を余儀なくされました>

2020/09/27
ローカル民放番組「コロナ下でがんと生きる」(長野朝日放送)にて支援の一事例を紹介

現在に至る

<添付資料>がん罹患従業員が直面する苦悩と、それに対応する企業側の支援例